エネルギーを大量投入して生物多様性を喪失してしまう近代農業。その解決策として注目される多年生穀物は、毎年耕す必要が無く、環境を再生する食料生産の鍵を握っている。
ピュージェット湾を取り戻す
ディラン・トミネ 囲い網サーモン養殖を永遠に締め出すための大胆な計画煙の匂いのする湿った2017年9月の朝、ベインブリッジ島にある自宅から数キロ南で抗議するため、子供たちと僕はスキフに荷を乗せた。ワシントン州の広範囲で荒れ狂う山火事により不気味な色をした空の下、ダンボールにマジックでメッセージを書いたプラカード、メガホン、犬、そして「万が一」のためのフライロッドを船首に収めた。過去数週間、町中の掲示板にメモを貼り、ソーシャルメディアに投稿し、知る人全員にメールを出したが、クック・アグリカルチャー社の囲い網サーモン養殖場に抗議する〈ワイルド・フィシュ・コンサーバンシー〉のイベントに参加してくれる人が他にいるかどうかは、まったく分からなかった。僕らは魚の孵化場と養殖が野生のサーモンに与える損害に焦点を当てた、パタゴニアの映画『アーティフィッシャル』の映像を撮影するカメラマンのための場所を確保した。友人のデービッドは僕らに便宜をはかり、またこの大義のために、彼のボートに映画撮影スタッフ全員を乗せてくれた。アゲイト・パス橋の下を通過しながら、僕はすでに抗議が小グループ、あるいはそれよりも下回る可能性を心配した。
「僕らの地元のサザンレジデント・シャチは、生存に必要な大型のチヌークサーモンの欠如により、餓死している」
当時僕らが知りようのなかったことは、これが長く根気を要する闘いのはじまりにすぎず、真の解決策はその先の3年後まで明らかにならない、ということだった。
Photo: Wild Fish Conservancy
そのわずか1か月前、クック社はシアトルの北112キロに位置するサイプレス島のすぐ脇にある囲い網の壮大なる崩壊により、世界中の見出しを飾っていた。その崩壊は26万匹以上の非自生の養殖アトランティックサーモンがピュージェット湾に放流される結果を招いた。その後、ワシントン州の魚類・野生生物局と〈ワイルド・フィシュ・コンサーバンシー〉は、独自の研究により、逃げ出した魚の100%が自生の野生サーモンとスチールヘッドに危害をもたらす高度に伝染しやすい外来ウィルスである魚類レオウイルス(PRV)をもっていることを明らかにした。冬までには、逃げた魚は何百キロにもわたってこの地方の湾と川へと蔓延していることが分かった。
リッチ海峡の穏やかな海へと舵を切っていくと、施設自体が視野に入るずっと前に、囲い網のなかで腐敗した魚の臭いがした。クック社のベインブリッジ囲い網は、州立海洋保護地域として守られるほどピュージェット湾の生態系にとって貴重だと考えられていた岩礁に固定されており、僕と子供たちは近づきながらこれがいかに残酷な皮肉であるかについて語り合った。そのときボートが僕らの視界に入った。商業漁業船、センターコンソール、先住民の蟹漁船、セールボート、バウライダー、パドルボード、僕らのようなスキフ、そして数えきれないほどのカヤック……。すべての船上に人が立ち、プラカードを振って、ホーンを鳴らしていた。さあ開始だ。スカイラとウェストンはみずからのプラカードを掲げ、叫び、手を振って、通常は緊急用のエアホーンを鳴らした。しかし、これこそが緊急であると僕は思った。
Photo: Ben Moon
僕らが抗議していたのは、僕らの故郷の島の南端にあるただひとつの囲い網だけではなかった。セイリッシュ海全体に散らばるクック・アグリカルチャー社の囲い網すべてについて、クック社の役員が一般と規制機関にサイプレス島の崩壊の原因(月食?高潮?マジで?)について嘘をつき、逃げ出した魚の数を少なく報告したことについて、彼らがいかにみずからの過失に課せられた罰金やその他の結果について抗ったかについて、さらにクック社のスコットランド、南米そしてカナダにおけるひどい環境記録について、だった。
子供たちと僕は、囲い網の影響をここ地元で十分目撃してきた。僕らが愛するサーモンは長いあいだ急激な衰退をつづけており、科学は開水域での囲い網は疾病、寄生虫そして汚染を野生のサーモンとスチールヘッドが移動する水に垂れ流し、この問題に大きく寄与していることを示している。
今日、ピュージェット湾のチヌークサーモンの成魚の平均体重は11キロから5キロ以下に減少した。僕らの地元のサザンレジデント・シャチは、生存に必要な大きな野生のチヌークサーモンの欠如により餓死している。野生のスチールヘッドの個体数は、歴史的平均の4%を下回っている。この3種すべて、つまりチヌーク、シャチとスチールヘッドは絶滅危惧種法令の下に挙げられており、ワシントン州の納税者と先住民部族は毎年その回復に何千万ドルも費やしてきた。
Photo: C. Emmons / NOAA Fisheries Taken under Federal Research Permit
それと同時に、僕らは多国籍企業のクック・アグリカルチャー社が処理されていない糞尿廃棄物、化学薬品、殺虫剤、そして上で述べた寄生虫と疾病で公共の水を汚染することを許してきた。これらはすべて大金をかけて保護しようとしている上記の3種、および数えきれないその他の海洋生物に危害を与えることが知られている。これが皮肉なことなのか、ただたんに墓穴を掘っているだけなのか、僕には定かではない。
クック社の幹部はニュー・ブランズウィックのオフィスで世界中の海洋生物に影響を与える決断を下し、その操業の影響を地元に対応させている。ピュージェット湾について言えば、それはその地域を故郷とするワシントン州の市民と先住民部族だ。僕の友人でニスカリ先住民族の7人目の詰問委員であるウィリー・フランク3世は、「僕らが何千年もしてきたように、サーモンとそれに依存するすべての地域社会と生き物を気遣うのならば、クック社の囲い網は廃絶されなければならない」と言う。
囲い網抗議の数か月後、州議会はワシントン市民の意思を反映し、アトランティックサーモンの囲い網養殖をワシントン州の海域から2025年までに事実上締め出す画期的なHB 2957法案を通過させ、クック社のピュージェット湾での操業に終止符を打った。スカイラ、ウエストンと僕はこの朗報に踊り喜び、子供たちは抗議が有効であるという貴重な教訓を学んだ。
その後2年もしないうちに、子供たちはもうひとつの教訓を学んだ。企業の利益が絡むとき、それは本当に終結するまでは終結したことにはならない、ということだった。新しい法律には抜け穴があり、クック社はそれを悪用するために動きだした。法律の文面はとくに非自生の海洋フィンフィシュの囲い網養殖に言及していた。昨年、クック社はこの地方ではアトランティックサーモンから自生のスチールヘッド養殖に移行することにより退去を無効にできると発表した。開水域での囲い網養殖に生得の同様の問題すべてに加え、これらの「スチールヘッド」はアトランティックサーモンよりも生態系にとって危険だ。必然的に逃避が起きると、養殖スチールヘッドは同系交配し、絶滅しかけている野生のスチールヘッドの脆弱な遺伝子を劣化させる可能性がより高い。そしてそれはクック社の囲い網の荒廃した状況とその記録を考えると、まさに必然的だと言える。
Photo: Tavish Campbell
しかし、その教訓は企業利益と同様、環境を保護するための決意についても言える。「本当に終結するまでは終結したことにはならない」のだ。〈ワイルド・フィシュ・コンサーバンシー〉はあらたに大胆な計画を練り、それは先住民、商業および娯楽性の釣り関係者、食品ビジネス、環境保護団体、そして懸念を抱く北米全体の市民の幅広い同盟によって支持されている。「クック社の囲い網がある場所の賃貸借を引き継ぐことを州に申請しました。成功すればクック社がテナントとしてそこに留まることは許されません」と〈ワイルド・フィシュ・コンサーバンシー〉の事務局長カート・ビアーズリーは語る。その代りにその場所は明け渡され、人間と海洋生物の公益のために自然の状態に復元される。
つまり計画は、皆で協力してクック社の囲い網のある場所を借り、クック社を退去させるというものだ。
個人的な観点から言えば、僕がスカイラとウェストンに教えたいのは、努力して正しいことを行えば最終的には勝利できる、そして行動主義は実際に成功する、ということだ。より大きな観点から言えば、それは野生のサーモン、スチールヘッド、シャチにふたたびセイリッシュ海で繁栄する機会を与える、決定的かつ強力な方法だ。必要なことはただ、ワシントン州公有地長官ヒラリー・フランツに提出するための嘆願書に署名を集めること。彼女のオフィスが賃貸借権を与えるのだ。僕らの海にはサーモン養殖とそれにまつわる汚染が存在すべきではないことを彼女に思い出させることができるかどうかは、僕ら次第なのだ。これは可能である。ピュージェット湾を取り戻そうではないか。10歳のウエストンが煙たい2017年に抗議のプラカードに書いたように「囲い網は要らない」のだから。
Photo: Eiko Jones