エネルギーを大量投入して生物多様性を喪失してしまう近代農業。その解決策として注目される多年生穀物は、毎年耕す必要が無く、環境を再生する食料生産の鍵を握っている。
腸内微生物を育てる
エムラン・A・メイヤー医学博士数十年にわたって不明瞭なまま無視されてきた後で、腸は科学者や医師だけでなく、一般の人々にとっても非常に関心の高いテーマになりました。
ほぼ一夜にして、腸の健康は夕食時の会話で、あるいはメディアやニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーで人気のトピックとなり、ベンチャー投資ファンドは腸の健康改善や脳と関連する腸障害の治療を目的とするスタートアップ企業に大金を注ぎ込みました。
過去30年にわたって、脳と腸の相互作用の分野で働いてきた医師として私は、この新たな注目に驚かされました。腸(ここでは胃、小腸、および大腸を指します)の独特な実態は、長い間限られた研究者コミュニティでられていたからです。腸は、私たちの免疫システムの最大部分、多くのホルモン、95%のセロトニン(睡眠、食欲、痛みの感度、心的状態を調節する化学物質)および、腸を中心とする特殊な神経系統の拠点です。その神経系統は、脳とは多かれ少なかれ独立して腸の機能を制御します。さらに、腸は私たちを取り巻く環境との重要な接点でもあり、その表面積は約42平方メートルと、肌の表面積よりも大幅に広いのです。
関心が爆発的に広がった主な理由は、約15年前の腸内微生物の発見でした。これは、腸内に生息し、私たちが摂取する食品から数千のシグナル分子(代謝産物)を生成する数百兆もの微生物です。これらの代謝産物を使用して、腸内微生物は、相互に、あるいは腸自体や免疫系、肝臓、さらには脳とコミュニケーションを図ります。微生物は、食物を生産する農場を含む私たちの周囲の世界と私たちの健康とをつなぐ目に見えない存在です。
これらの微生物の複雑な相互作用と、それが私たちに与える影響について理解を深めると同時に、私たちは人間の健康に関する、根本的に新しい考え方を取り入れつつあります。私たちは、この微生物生態系を考慮し患者の治療を開始しています。それは体内だけではなく、環境についても同じです。
良い状態にある腸
健康な腸は、微生物が食物を分解する腸の内側と、そのすぐ外側にあって体内の免疫細胞の約40%が存在する腸に関連する免疫システムとの間にある、ぎっしりと詰まった障壁によって特徴付けられます。この障壁は腸内微生物と免疫系との直接接触を防ぎ、それにより過剰な免疫の活性化を回避しています。低度の免疫活性化、いわゆる代謝性内毒血症ですら、メタボリックシンドローム、慢性疲労、うつ病、退行性脳障害など、多くの慢性疾患の発症に関与しています。健康な腸には、スムーズに機能する腸独自の神経系もあり、ぜん動や、体液の吸収と分泌を調節します。
そのすべては、少なからず腸内微生物の生態系の健全性に依存します。腸内微生物は相互に、またすぐ近くにある、免疫細胞、粘液およびホルモン産生細胞、腸機能を調節する神経細胞を含むその他の細胞と通信します。腸の生態系に含まれるこれらすべての関連要素間で起こる通常の相互作用が、腸の健康だけではなく、全身的な健康をも決定します。つまり、体内にいる微生物の調子がいいときは、私たちの腸もうまく機能するのです。
他の生態系と同様に、微生物の健康は存在する種の多様性と量によって決まります。多様性が高いほど復元力も高くなり、病気への耐性が高まります。グレートプレーンズのアメリカバイソンやイエローストーンのオオカミのように、腸内微生物のある小さな集団が、生態系の安定に特に重要とされる中枢種だと考えられています。健全な中枢種を含む非常に多様な腸内微生物は、最適な腸の健康と関連しており、2型糖尿病、肥満、認知機能低下、パーキンソン病、うつ病などの慢性疾患のリスクを下げるという概念は、多くの研究で支持されています。
多様性の低下
同様に、復元力や病気への耐性は、多様性の低下に伴って減少し、やがて転換点に達すると、些細な原因でさえ壊滅的な結果につながる可能性が生じます。熱帯雨林やサンゴ礁を含む世界中の多くの生態系は、その方向に向かいつつあるか、すでにその転換点に到達しています。現在、陸上動植物の25%、鳥類の30%、魚類の33%が絶滅の危機に瀕しています。
土壌の微生物界と私たちの腸内微生物界の双方には、この劇的な損失と目に見えない類似点があります。長期にわたる連続的な作付けと化学肥料の過剰使用により、世界の農業用土壌の約40%が劇的に劣化し、同時に土壌の生物多様性が大幅に低下しています。同様に、北米の都市に住む私たちの腸内微生物は、工業化による影響を比較的受けていない環境にあるアマゾン熱帯雨林のオリノコ川や東アフリカのリフトバレーに住む一部の狩猟採集民族の腸内微生物と比較すると、多様性が40%低くなっています。この変化は乳児においても明らかで、残念なことに不健康な食生活が母から子に伝わる可能性を示唆しています。
1000種におよぶ約百兆個の微生物が腸に存在していることを考えると、数千を失うことで大きな違いが生じるわけではないと結論付けるのは容易です。しかし、ニューヨーク大学のヒューマン・バイオーム・プログラムの責任者であるマーティン・ブレイザー博士をはじめ、その他多くの科学者が警告しているように、私たちの体内にいる微生物数が急落しつづけるならば、胃腸感染症の世界的な流行、喘息や関節リウマチ、炎症性腸疾患など自己免疫疾患の継続的な増加、自閉症スペクトラム障害が増加する可能性、肥満や代謝性疾患の長期的な発生など、健康上の大災害が起こるときは迫っているのかもしれません。
幸いなことに、それに代わる道があり、その実行に多くは必要ありません。
最適な食生活
地球上の生物として、地球の健康と同様に私たちも個人の健康のための食生活ガイドラインを必要としています。これはアメリカ疾病予防管理センター(CDC)による国際的で学際的なワンヘルス運動で推奨される考え方です。国際的なEATランセット委員会が広め、栄養学者の間で徐々に注目を集めているワンヘルスの考えでは、最適な人間の健康は土壌と環境の健康に直接関連しており、その相互関係は地球で最も繁栄している生命体である微生物によって媒介されていると捉えられています。多様性を促すような食料生産方法に変更すれば、私たち自身の微生物の健全性を改善するだけではなく、私たちの土壌や海の健全性も改善できる可能性があるのです。
微生物の育て方
ではどうすれば、ワンヘルスを実践できるでしょうか?答えは比較的シンプルです。体内の微生物に、成長するために必要なものを与えればいいのです。腸内微生物に良いものは、体全体の健康にも良いもので、土壌の健康にも利益をもたらす選択をすることになります。
微生物は、主に植物ベースの食生活を好みます。そこに放牧で育ったオーガニックの肉や鶏肉、あるいは入手可能であれば野生の狩猟肉を少量加えます。野菜、果物、ベリー類、香辛料、根菜など、旬の幅広い植物を選び、異なるさまざまな食物繊維を微生物に与えます。それぞれの食物繊維は異なる種類の微生物によって処理されます。 腸内微生物はさまざまな種類の食物繊維を処理するためにさらなる多様化を促され、多様化した微生物は食物繊維を健康促進する分子に変化させます。
植物自身の薬である、ポリフェノールを多く含む植物を摂取しましょう。病気や害虫から植物を守る巨大分子であるポリフェノールは、特定のベリー類(ブルーベリーやブラックベリー、およびリンゴンベリーやシーバックソーンのような北欧種を含む)や、ナッツ、コーヒー、紅茶、オリーブオイル、豆類、赤ブドウ、赤ワイン、スパイスに最も多く含まれています。これらの分子の多くは大きすぎて小腸では吸収されませんが、腸内微生物はそれらを食べ、より小さくて吸収性があり、健康を促進する分子に分解します。一方で、ポリフェノールは腸内微生物の組成に有益な影響を及ぼし、病原体を抑制し、人体にいい微生物の成長を促すと考えられています。
シーフードや肉は、多価不飽和脂肪酸や一価不飽和脂肪酸が豊富で、オメガ6脂肪酸に対してオメガ3脂肪酸の比率が高いものを選びましょう。複数の臨床研究で、これらの食品の摂取は腸内微生物の多様性と組成に有益な効果があることが示されています。別の研究では、これらの脂肪酸には、炎症やうつ症状の軽減、心臓の健康の改善など、さまざまな健康上の利点があることが示されています。ワイルドサーモン、イワシ、サバ、ムール貝、放し飼いや牧草飼育の鶏や牛やバイソン、野生の狩猟動物は良い供給源です。従来の方法で飼育されている動物は、含有量がはるかに低くなります。アボカド、オリーブ、クルミ、あるいはフラックスシードやチアシードからとれる植物性油にも、これらの有益な脂肪酸が含まれます。
精製された炭水化物を避け、糖の摂取を最小限に抑えます。白パン、白米、パスタなど、自然の食物繊‒除去した食品や糖は、他の栄養素をあまり含まない高カロリーな食品で、小腸の最初の部分で急速に吸収されます。この急速な吸収により、血糖値が上昇し、インスリンスパイクが起こります。また、これらの食品は腸内微生物を飢えさせます。腸内微生物の大部分は小腸の下部と大腸に生息しているからです。
抗炎症作用が知られている食品を定期的に食べるようにしましょう。ウコン、高麗人参、ショウガなどを食べると、腸内で起こる低レベルの免疫活性化を最小限に抑えられます。
発酵食品を定期的に摂取しましょう。ヨーグルトや味噌、ザワークラウト(酢で酸味を加える簡単な酢漬けタイプではなく、生きている細菌で自然な発酵を行うブランドを選んでください)などの食品すべてに、さまざまな健康上の利点と結び付けられている良性の微生物が含まれています。ただし、ほとんどの食品でその関連性は管理下試験で明確に証明されてはいません。
最後に、食事をとる時間を制限しましょう。研究では、1日10時間以上、腸を空にしておくと腸内微生物に大きな変化が生じることが示されています。その変化には、微生物と腸の免疫系との相互作用の低下が含まれ、慢性的な免疫活性化を抑えることができます。
なぜ供給源が重要なのか
食物の生産方法と収穫方法は、食べる人の健康、食物の栄養価、動物の福祉、および環境に影響を与えます。
オーガニック農業では、被覆作物や輪作などの環境再生型農法の実践により、土壌微生物の豊かさや多様性が大幅に向上します。健康な土壌微生物は、植物の根と相互に作用し、根を刺激して健康を促進したり、病気と闘ったりする分子、特にポリフェノールを生成させます。化学肥料を用いた従来の栽培方法で育てられた植物は、収穫量は多いものの、土壌微生物から受けるこの刺激が失われ、その結果、病気を防ぐために化学農薬の量を増やす必要が生じます。
肉に関して言えば、工業的な生産だと家畜が病気であるかどうかに関係なく、日常的に低用量の抗生物質を家畜に与えて成長を刺激します。このひそかな抗生物質への曝露は、動物の微生物相を変化させ、抗生物質耐性菌の増殖を招くだけではなく、私たち自身の腸内微生物の多様性と相対存在量も抑制します。抗生物質を投与されていないオーガニック生産の動物の肉に変えることで、この問題を最小限に抑えることができます。また、動物が牧草で飼育された場合、その肉はオメガ6脂肪酸に対するオメガ3脂肪酸の含有率が高くなり、健康にとって有益です。
従来の方法で飼育された肉や乳製品の消費量を少しでも減らすことができれば、温室効果ガスの排出削減にもつながり、世界中の動植物種の多様性がさらに低下するのを防ぐことができます。
原材料の扱い方
食品の調理で、体内の微生物が必要とする栄養素である食物繊維やポリフェノールが破壊される可能性もあります。栄養素を損なわない簡単な方法をいくつか紹介します。
まず、食品を加熱し過ぎないようにしましょう。熱は、複雑な繊維分子を単純な炭水化物に分解し、精製された炭水化物や糖と同様に、小腸の最初の部分ですぐに吸収され、血糖値の急上昇や血糖値スパイクの原因となります。この早い段階での吸収は、消化管のさらに下部で生息している微生物を飢えさせ、微生物の餌である食物繊維を私たちの健康に役立つ短鎖脂肪酸に変換するのを妨害します。長時間の調理は、果物や野菜に含まれるポリフェノールも破壊します。
同じ理由で、ほとんどの果物や野菜は生で食べるか、あるいは少しだけ調理するようにして、食物繊維とポリフェノールが体内の微生物まで完全な状態で届くようにします。乾燥させた豆や他の豆類は当然調理が必要ですが、豆類は食物繊維を維持できます。
スムージーを作るときは、ジューサーではなく、ブレンダーやフードプロセッサーを使ってください。ジューサーは果物や野菜から食物繊維を除去し、糖だけを残すからです。これまで見てきたように、糖は急速に吸収され、私たちの健康や微生物に悪影響を与えます。果物や野菜をすべて混ぜ合わせると食物繊維が維持され、糖の吸収を遅らせるため、町内微生物が成長に必要とする食物を与えることができます。
最後に、ポリフェノールが豊富な食品は密閉して、熱や日光を避けてください。赤ワインはしっかり密封するか、安価なものでよいので小型なワイン真空ポンプで空気を排出します。しっかりと蓋を閉めたオリーブオイルは冷暗所となる食器棚またはステンレススチール製の容器に入れて保管します。空気、熱、紫外線は特定のポリフェノールを分解します。
食生活を見直して病気に対処
今日、膨大な数の食事療法が、さまざまな症状や病気に対して推奨されています。残念ながら、これらの推奨事項の多くは、厳密な科学的エビデンスよりもビジネス上の思惑で推進されています。しかし、セリアック病や真の食物アレルギー、あるいは過敏腸症候群などの胃腸疾患を罹患している場合は、医学的な指示を受けた上で、前記の推奨を各自に合うように調整してみてください。現在、以下のような方法は広く知られています。セリアック病の人は、グルテンを含む食品を確実に避けてください。深刻なアレルギーに苦しんでいる場合は、貝類やピーナッツは触らないでください。乳糖不耐症の場合は、乳製品を減らすか排除してください。過敏性腸症候群の場合は、微生物に栄養を与える最適な食事療法からはじめます。次に、膨満感や腹部不快感の症状を一貫して発生させる食品を注意深く特定し、それを排除します。体重に問題があり、メタボリックシンドローム(ボディマス指数や血糖値、脂質の増加および血圧の上昇)と診断された場合は、限られた期間で時間を制限する食生活を医学的な指示のもとで試し、次に長期的な健康のための最適な食事療法に切り替えてください。
体の内側および外側における多様性への道
多様性とは普遍的な指標で、ミクロとマクロの両レベルで生態系の健全性を示します。一般市民や食品業界、あるいはヘルスケアシステムが気付かないうちに、世界の急速な工業化は大変な犠牲が強いられてきました。地球に存在するあらゆる生物の多様性が漸進的かつ加速度的に減少しているのです。その中には、土壌や水、私たちの腸内に住む微生物も含まれています。この傾向に逆らう動きを見せている種は人間と家畜、特にウシとニワトリだけで、多くの野生種が衰退するなか、その個体数は増加しつづけています。
私たちの腸内微生物を含むこれらすべての生態系の衰退は、それぞれ独立した現象として発生しているのではなく、密接に関連しあっているという認識が高まっています。私たちの腸内や周囲の環境からすでに消滅した種のいくつかは永遠に失われた可能性がありますが、何をどのように食べるかに関する私たちの意識を根本的に変化させれば、私たちの体内そして周囲でより多様な世界を回復させることに役に立つと期待されています。個人的な体内微生物を育てるための食生活が、地球を育てることにもなるのです。