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パシフィック・サーモンの自然史

ジム・リチャトウィッチ

アメリカ先住民は彼らを「次々とやって来る稲妻」と呼びました。白く泡立つ水や滝を通り抜けるために、あるいはただ溢れんばかりの力とエネルギーを誇示するために跳びはねるたび、大きな銀色の魚は稲妻のように輝くのです。サーモンは物理的、生態学的、そして文化的に大きな力を持ち、その力はかつて日本の九州からカリフォルニア州のサンディエゴまで、環太平洋地域一帯に影響を及ぼしました。彼らがその力を得るに至るストーリーは、はるか昔へさかのぼります。

約2,500万年前、北太平洋の水温が下がり始めました。1,500万年をかけて水温が10℃下がると、海の生物が増え始めました。この頃、正確にいつなのかは分かっていませんが、淡水湖や広くて流れの穏やかな川に住んでいたサーモンの祖先は、少しずつ短い移動を繰り返して、生息域を広げ始めました。やがて彼らは河口に達し、その汽水域で短時間餌を採るようになります。果てしない忍耐を経て進化したサーモンは、えらから塩分を排出し、汽水域から海水域へと進出できるようになりました。冷たい北太平洋の豊かな餌場でサーモンは、ひたすら食べ続けました。1年、もしくはそれ以上の期間を海で過ごした後、生まれた川へと戻った彼らは、淡水で育った魚たちをはるかにしのぐ大きさに成長していました。この時点でサーモンは、完全に海から川へ遡る魚となったのです。彼らは淡水で産卵しますが、幼魚のうちに海へと移動し、数か月、長い場合は5年以上餌を摂取しながら過ごし、その後、川底の砂利の中に卵を埋めるために故郷の川に戻ります。

川を遡ることには大きな意味があります。サーモンは、大きくなったサイズと力を利用して、急流に対抗して川をさかのぼり、滝を越え、環太平洋地域の川の源流にまでたどり着くことができます。海から最長で1,600キロメートルの場所まで移動する場合もあります。サーモンの生息域はさまざまな地域に広がり、作家のティム・イーガンの言葉を借りれば「パシフィック・ノースウェストとは、サーモンがたどり着けるすべての場所」です。大きなメスのサーモンはより多くの卵を産み、それを砂利の奥深くに埋めます。これにより、捕食者に対する脆弱性や、水量が多いとき砂利によってつぶされてしまうリスクを減らします。大きな流域ではサーモンの数は極端に多く、数千万匹に達します。

大洋で大きく成長した数百万匹ものサーモンの遡上は生態学的に大規模なイベントであり、環太平洋地域における生態系のエネルギーを循環させます。ヒグマから小さなミソサザイ(スズメ目ミソサザイ科のちいさな小鳥)に至るまで、少なくとも22種の哺乳動物や鳥が死んだサーモンを餌にします。サーモンの体は分解されて栄養分となり、水生食物網を豊かにして、次世代のサーモンを育てます。クマが川から引き上げたサーモンの残骸も分解され、その養分はスギやベイマツ(マツ科の針葉樹)、サーモンベリー(ベリーの一種)に取り込まれます。サーモンの生命力は巨大なベイマツに力を与え、ワシの羽に宿って空へ上り、若いサーモンに、長く危険な旅へ向かう準備をさせます。日本の研究者、室田武氏は、サーモンがそのエネルギーを海から川の源流へ移動させることで、環太平洋地域の養分に大きな影響を及ぼしている、と話します。大規模な養分移動は、北太平洋に面するあらゆる土地での生物多様性において非常に重要なのです。しかし今日、その影響は弱くなってきています。太平洋岸北西部を遡上するサーモンの減少により、現在、地域の生態系に供給される窒素とリンの量は、1世紀半前と比べてたったの6~7%になっています。

海に向かって下流へと移動を始めるサーモンの幼魚は1年から5年に及ぶ、何千キロメートルもの旅へと出発します。彼らはさまざまな地域や気候帯を通りぬけ、人間が作った多くの障害物にぶつかります。旅を始めようとしている小さなサーモンにとっては、その旅路でどのような好ましい、あるいは好ましくない条件に遭遇するかは未知のものです。幼魚の一部が確実に成魚として戻って来られるようにするために、サーモンは新たな生存戦略、つまり川や河口、海といった環境を通る新たな道筋を発達させました。その新たな道筋を生活史と呼びます。それは、サーモンがすべての卵を1つの籠に入れるのを避ける手段のことです。

健康な川は迷路のように入り組んでいて、川を遡る経路がたくさんあります。自然的、人的要因で経路が塞がれたり、劣化したりした場合に代替経路があるので、絶滅の危険性が低減するのです。高度に管理された川は、海へ続くただの水管と化し、代替経路はほとんど存在しません。そのような川では、サーモンはより少ない籠に多くの卵を入れざるを得なくなり、必然的に危険性は増大し、近年では珍しくない悲劇的な破滅を引き起こします。私たちにとって、サーモンが道筋をどのように決定し、どのような手掛かりを辿っているかの大部分は謎のままです。この謎を解き明かすことが、環太平洋地域におけるサーモン保護の鍵なのです。

サーモンの自然史と人間の文化は何千年もの間、密接にかかわり合ってきました。日本の北海道のアイヌ民族からワシントン州ピュージェット湾のセイリッシュ族に至るまで、生活全般の中心にサーモンがあったのです。毎年のサーモンの遡上は大きな文化的イベントであり、先住民たちはこの魚を贈り物であると信じ、敬意を持って扱い、儀式で称え、芸術作品で賛美しました。近年、サーモンと人間の間にあった失われた関係が復活してきています。「サーモン・コミュニティ」は再び、故郷の川へのサーモンの帰還をフェスティバルや儀式で歓迎しています。太平洋岸北西部各地の流域協議会の市民ボランティアは、サーモンが遡上できるように地域の水域の健康を回復させようとしています。環境保護団体のエコトラストが提唱する「サーモン・ネイション」の復活により、サーモンと人間の関係回復が可能になり、この素晴らしい生物が環太平洋地域のすべての人びとにかけた魔法がよみがえるのです。

ジム・リチャトウィッチは漁業生物学者で、過去30年間を太平洋のサーモン保護活動に費やしています。米国連邦絶滅危惧種法に太平洋のサーモンが記載されて以来、彼は4つの独立した科学委員会のメンバーを務め、サーモンの現状と回復について調べてきました。ジムの最近の著書『Salmon Without Rivers』には、太平洋のサーモンが通ってきた危機の歴史が描かれています。